大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

岡山地方裁判所新見支部 昭和60年(ワ)1号 判決 1991年1月31日

原告(反訴被告)

西村若一

右訴訟代理人弁護士

嘉松喜佐夫

被告(反訴原告)

若木武夫

右訴訟代理人弁護士

河村英紀

主文

一  原告(反訴被告)の本訴請求を棄却する。

二  被告(反訴原告)の反訴請求を棄却する。

三  訴訟費用は、本訴反訴を通じてこれを二分し、その一を原告(反訴被告)の負担とし、その余を被告(反訴原告)の負担とする。

事実及び理由

第一申立て

一  本訴

被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)に対し、金一二九万七三〇四円及び昭和六〇年一月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴

反訴被告(原告)は、反訴原告(被告)に対し、金三〇万円を支払え。

第二主張

一  原告(反訴被告)

1  当事者

原告は、昭和一九年七月二日日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)に入社し、本件当時岡山鉄道管理局管内新見駅営業管理係として勤務していたものであり、被告は、新見駅長として勤務し原告の上司に当たる国鉄職員であった。

2  定期昇給における不当差別

国鉄では年一回定期の昇給が行われていた。昭和五九年度の定期昇給は昭和五九年四月一日付で(同日から実施されるものとして)、同年七月二五日に発令された。

右昇給時原告の俸給は、職群九職、号俸九八号、基本給金二七万二二〇〇円であったので、右昭和五九年四月一日付昇給では四号俸昇給し、基本給は金二七万七三〇〇円となるべきものであった(一昇給時に七号俸昇給する。一号俸は金一三〇〇円。)。

ところが、原告の昭和五九年四月一日付昇給は、欠格一号該当(すなわち、昇給欠格条項該当、一号俸減。)ということで、三号俸昇給し、号俸一〇一号金額金二七万六〇〇〇円の昇給に止まった。

3  被告の不法行為

昇給については、国鉄と国鉄労働組合(以下「国労」という。)との間で「昇給の実施に関する協定」が締結されていた。

右協定第三項には、「昇給所要期間内において、別紙昇給欠格条項に該当する場合は、その者の昇給から減ずる。」との規定があり、別紙八号に「勤務成績が特に良好でない者は一号俸以上減」と規定されている(したがって右昇給欠格条項は「三項八号」と通称されている。)。

そして、昇給の実施に関する協定附属了解事項で「八号の勤務成績が特に良好でない者とは、平素職員としての自覚に欠ける者、勤労意欲、執務態度、知識、技能、適格性、協調性等他に比し著しく遜色のある者をいう。」とされている。

ところで、原告が勤務成績が特に良好でない者として欠格者と認定されたのは、被告が次の事実を上司として上申したからである。

<1> 昭和五八年一二月二八日新見駅改札A担当として勤務中、午後一時ころから約一時間無断外出し職場を離脱した。

<2> 昭和五九年一月一〇日、原告名義で賃借していた借家で火災が発生したが、これは国鉄職員として威信を傷つけ、国鉄の信用を失墜させた。

しかし、<1>は事実無根であり、<2>は原告に責任のないものであった。

4  被告の国労敵視について

原告は、戦後国労が結成されると同時に加入し、その後国労岡山地方本部執行委員(専従)、新見支部委員長、新見運輸分会会長などを歴任し、本件当時、新見支部分会の特別執行委員の職にある者であった。

被告は、国労敵視の思想の持主で、理由もなく組合員の配置転換を行ったり、いわゆる名札問題で厳しい姿勢を取っていたが、本件の原告に対する昇給に関する事実無根の上申も被告の国労敵視に基づくものであり、また、右名札問題について先頭に立って闘っていた原告を狙い打ちし、新見支部分会に打撃を与えることを企図したものである。

5  損害

原告は、被告の前記不法行為により次のような損害を受けた。

(一) 受くべき給与の損害金二万一〇七三円

原告は、昭和六〇年四月一日定年退職したところ、毎月の給与分として退職までに金二万一〇七三円の損害を受けた。

(二) 退職金の損害金七万六二三一円

原告は、右のとおり定年退職したが、一号俸減により退職金はねかえり分として金七万六二三一円の損害を受けた。

(三) 年金の損害金二〇万円

原告は、定年退職後年金を受給することとなったが、一号俸減により二〇年間受給するとして金二〇万円の損害を受けることとなる。

(四) 慰謝料金一〇〇万円

原告は、被告の前記不法行為により甚大な精神的打撃を受けたので、その慰謝料は金一〇〇万円が相当である。

二  被告(反訴原告)

1  本訴請求原因

本訴請求原因は前記主張欄に記載のとおりである。

2  反訴被告の職歴等

(一) 職歴

反訴被告は、昭和一九年七月に国鉄に雇われ、新見保線区線路工手を命ぜられた後、昭和二五年五月に新見駅手を命ぜられたのが最初で、その後の勤務は新見駅勤務が多く、昭和五四年四月一日に新見駅営業管理係を命ぜられ、主として同係の改札業務の内の精算事務を担当してきたが、昭和六〇年四月一日付で国鉄を退職したものである。

(二) 組合役員歴及び公職の兼職

反訴被告は、国労に加入し、その岡山地方本部執行委員(専従)、新見支部委員長、新見運輸分会長などを歴任し、退職前には新見支部及び右分会の特別執行委員の職にあったほか、昭和五七年六月に、新見市会議員に共産党より立候補当選し、任期を同年七月五日から昭和六一年七月四日までとする右公職を兼職していた。

(三) 昇給欠格歴

反訴被告は、本件の昇給欠格以外に、昭和四五年四月一日付、昭和五〇年四月一日付、昭和五一年四月一日付、昭和五二年四月一日付、昭和五三年四月一日付の各昇給において、欠格一号(昇給欠格条項該当、一号俸減)該当となっている。

3  昇給欠格条項該当の上申が不法行為とならないことについて

(一) 反訴原告は、新見駅長として、同駅の営業管理係職員である反訴被告の、昭和五九年四月一日付(同日実施)の昇給につき、本件請求原因第3項に述べられているところの、「三項八号」の欠格条項該当の<1>、<2>の事由ある旨の上申をし、同請求原因に述べられているとおり、反訴被告は、右の反訴原告の上申した昇給欠格事由があることにより、「三項八号」の昇給欠格条項該当者であるとの認定を受け、一号俸減の昇給に止ったものである。

(二) しかしながら、反訴原告の上申した昇給欠格事由の<1>の事実は事実無根でなく、<2>の事実は反訴被告に責任のない事実であるとはいえないもので、右の<1>、<2>の事由があることにより、反訴被告は、「三項八号」の、「平素職員としての自覚に欠ける者」並びに「勤労意欲、執務態度、協調性」において「他に比し著しく遜色のある者」に該当する、といわなければならないのである。

したがって、反訴原告の本件昇給欠格事由についての上申は、反訴被告の昇給に関する何らの権利・利益を違法に侵害するものといえず、不法行為となる要件を欠いているものである。

(三) しかも他方では、仮に本訴請求原因のように、右の<1>の事実が事実無根で、<2>の事実が反訴被告に責任のない事実であり、したがって、反訴被告が「三項八号」の昇給欠格事由に該当しないのであれば、昇給欠格事由があると認定してなした一号俸減は無効といわなければならないのであり、そうすると、反訴被告は四号俸昇給の賃金債権等を有するのであるから、反訴被告には何らの損害が発生していないといわなければならず、この場合にも、反訴原告の上申は不法行為となる要件を欠くものといわなければならない。

4  昇給欠格の各事由について

(一) 前記<1>の昇給欠格事由について

(1) 右事由は、新見駅長である反訴原告自身が偶然に直接目撃した事実である。

すなわち、右事由の当日の昭和五八年一二月二八日午後一時ころ、反訴原告は、反訴被告が新見駅前を自己所有の軽自動車を運転して新見駅構内から外出するのを認め、反訴被告も反訴原告に気付いて目礼を交わしたもので、その際は、反訴原告は反訴被告が故なく職務を離れる行為に出ていることに気付かなかったが、念のため、外出許可を得たのか否か確かめたところ、無断の外出であることが判明したのであって、そのうえ、午後二時ころ、反訴原告は、反訴被告が同じ自動車で駅前の道路から駅構内に入って来るのも偶々目撃したもので、翌一二月二九日に反訴原告より右の事実を告げられた安立日出夫助役において、反訴被告に無断外出についての注意を与えたところ、反訴被告は「わかりました。」と答えていたものである。

(2) 反訴被告は、本件昇給欠格事由の認定に対し、国鉄と国労間の労働協約である「苦情処理に関する協約」に基づき、苦情申告をなし、新見駅苦情処理委員会に係属したが、その第一回会議において、国労側委員は行為の存することを否定しない、との陳述をしたものである。

(3) 反訴被告は、前述のとおり、新見市会議員を兼職しているので、年末の一二月二八日に、新見市民からの相談事を聴くためなどに、無断で職務を離れたものと推察せられるのである。

(二) 前記<2>の昇給欠格事由について

(1) 出火した建物は、もとうどん店の空き家になっていた建物の二階を、反訴被告において、昭和五八年一二月二五日施行の衆議院議員選挙の共産党候補者の国鉄後援会と称する団体の連絡事務所として借り受けていたが、右選挙が終了し、後援会事務所として使用しなくなった後も、家主に返還せずにいたもので、出火の原因及び状況としては、二階六畳間の中央にあった電気こたつに、発火した一月一〇日より二四日前の昭和五八年一二月一四日以来電気を通じたままであったところから、低温発火し、電気こたつの床部分が炭化して一階に焼け落ち、出火したものと見られるのであるが、反訴被告は、建物賃借人として、賃貸人に対して善良な管理者の注意をもって建物を保管する義務を負うものであったが、建物賃貸人に対してだけでなく、右の保管上の注意義務ある者として、建物より出火して近隣を類焼させ、若しくはその危険を生ぜしめないようにする公共に対する義務があるといわなければならないのであって、右の出火の原因及び状況よりするときには、反訴被告は右義務に違背しているものといわなければならない。

(2) 右の出火した建物が、前記の選挙における国鉄の後援会と称する団体の事務所で、国鉄職員によって管理せられていたことは、近隣に知られていたもので、また、右の出火を報じた新聞の山陽新聞、読売新聞、備北民報には、何れも国鉄職員である反訴被告が借りていた建物より出火した旨を報じたものである。

国鉄は、いうまでもなく高度の公共性を有する公法上の法人であって、公共の利益と密接な関係を有する事業の運営を目的とする企業体であったので、その事業の運営自体のみならず、広くその事業のあり方自体が社会的な批判の対象とされるのであって、その事業の円滑な運営の確保と並んでその廉潔性の保持が社会から要請ないし期待せられるのであるから、このような社会の評価に即応して、その企業体の一員である反訴被告の職場外における所為に対しても、一般私企業の従業員と比較して、より広い、かつより厳しい規制がなされる合理的理由がある。

したがって、反訴被告の前記義務違反によって建物より出火させた行為は、国鉄の右に述べた社会的評価を低下毀損するものというべきであり、「職員としての品位を傷つけ又は信用を失うべき」行為に該当するというべきである(最高裁判所昭和四九年二月二八日第一小法廷判決民集二八巻一号六六頁参照)。

5  不当訴訟について

(一) 反訴被告は、第2項に述べたとおり、長い年月にわたって国鉄職員であったうえに、国労の役員を歴任しているので、「昇給の実施に関する協定」についての認識は十分にあり、また、自身でも昇給における欠格の認定を受けた経験が五回もあるのであるから、第3項に述べたとおり、反訴原告の本件上申が正当であるときは、それは反訴被告の権利・利益を違法に侵害するものでなく、それが失当であるときにも、反訴被告に何らの損害を発生させるものでないので、何れであっても、不法行為を構成するものでないことを知悉しているもので、更に、第4項に述べたとおり、反訴原告の上申した<1>の事由は事実であること、<2>の事由は国鉄の社会的評価を低下毀損するものであることを十分に知っているもので、したがって、反訴被告は、本訴がその理由のないこと、反訴原告に対して主張にかかる不法行為による損害賠償請求権のないことを知悉して、本訴を提起したものであるというほかはない。

(二) 反訴原告は、本訴に応訴し並びに反訴を提起するために、訴訟代理人を選任して、その弁護士費用として、着手金三〇万円を支払った。

第三当裁判所の判断

一  先ず、原告の本訴請求について検討を始めるに、仮に原告主張の如く前記<1>、<2>の事由が「三項八号」の昇給欠格事由に該当しないのであれば、本件一号俸減の措置は法律上無効であって、原告は当然に原告の主張第5項(一)ないし(三)記載に相当する債権を有することになるし、それが債務者たるべき者において支払不能であるとも考えられないから、原告においてはこれら損害が発生しているとすることは出来ない筋合である。したがって、右の点に関する原告の本訴請求は明らかに主張自体失当である。

しかし、仮に原告には何等昇給欠格事由がないのに被告により不当に右事由ありとして上申された結果、原告が右欠格者として取り扱われることとなったとすれば、これにより、原告が前記債権を後日満足させられるだけでは充たされない精神的苦痛を蒙るということは充分考えられる。したがって、原告の主張第5項(四)記載の慰謝料請求権の存否については、更に充分に検討する必要があるというべきである。

二  そこで進んで検討するに、先ず、原告の主張第1項ないし第3項(ただし、同項の内、前記<1>の事由が事実無根であり、同<2>の事由が原告に責任のない事柄であるとする点を除く。)及び第4項前段並びに被告の主張第2項は当事者間に争いがない。

三  前記<1>の事由について検討する。

1  (証拠略)並びに原告及び被告の各供述によると、昭和五八年一二月二八日の午後〇時一〇分から午後二時三〇分の間は、原告は精算・集札(主に精算)の業務担当として駅改札室において勤務しなければならないものとされていたこと、なお、同月二九日は原告は非番で出勤しなかったことが明らかである。

2  (証拠略)は、昭和五九年一月四日付の新見駅長被告作成名義の岡山鉄道管理局長宛報告書であるが、被告の供述によると、これが右年月日に被告によって作成されたものであることが認められ、(証拠略)は、昭和五八年一二月三〇日付の新見駅助役松井雅由作成名義の新見駅長被告宛現認書であるが、証人松井雅由の証言によると、これが右年月日に松井によって作成されたものであることが認められ、乙一六は、右同日付の新見駅助役安立日出夫作成名義の新見駅長被告宛現認書であるが、証人安立日出夫の証言によると、これが右年月日に安立によって作成されたものであることが認められるところである。

3  しかして、(証拠略)を総合すると、本件無断外出に関する事実経緯は次のとおりというのである。

すなわち、「昭和五八年一二月二八日、被告は、駅クラブ食堂で食事を済ませ一人で駅前広場を通って帰駅中、駅前の新見商事店自動販売機南側付近の地点において、原告が駅前交番の付近を所有の軽四自動車(<自動車ナンバー略>)を運転していくのを、約二〇メートル離れた対面的な位置で認めた。原告は一人であり、無帽、制服姿であった。更に、双方が進んで約五メートルに近接した地点で、原告が被告に対し軽く頭を下げ、そのまま駅前を右接(ママ)して出て行った。この時点で被告が自分の腕時計で時刻を確認したところ、一三時丁度であった。被告は、その後、駅助役室に入り、当務助役松井に対して原告の外出について知っているか質したところ、松井が原告からは何も聞いていないし外出したことも知らなかった旨答えたので、被告においては、直ちに作業ダイヤを調べて原告が前記のとおりの勤務時間になっていることを確認した。そこで、被告は、原告の直接の上司である旅客担当助役安立に対し原告に外出許可を与えているか否か質すべく、安立の席がある駅出札室内の扉を開けて覗いて見たが、安立が不在であったので、松井に対してその所在を聞いたが、同人は知らない旨答えた。そのため、被告は、松井に対し、安立がいないのではっきりしないものの原告が無断外出している疑いがあるので、何時ごろ帰って来るか気を付けるように指示をした。松井は、一三時七分ころ、一三時一五分始発の列車扱いをするため二番線ホームへ出場する際、改札室へ赴き原告の在否を確認したが不在であった。それから、松井は、二番線ホーム階段付近で、一三時一一分ころから一三時一八分ころまで列車扱いをしながら改札担当の勤務を観察したところ、その間二本の列車の着発があったが、改札業務は平元政雄と赤木靖司が行っていた。松井は、更に一三時四五分ころ、一三時五二分着の列車扱いをするため二番線ホームへ出場する際、改札室内を外から確認したところ、右二名はいたが、原告は不在であり、その後、二番線ホーム階段付近で列車扱いをしながら改札担当の勤務を観察したが、やはり右二名がそれを行っていた。被告は、その後、保線区へ行く目的で駅前に面した駅長室出入口から外へ出たところ、原告が前記車両を運転して駅前通りから帰って来、丁度左折したところを認めた。原告はそのまま右車両を運転して旧貨物室跡の空き地まで行き、そこで右車両を止めて降りた。原告の服装は無帽、制服姿であり、被告がこの時点で腕時計で時刻を確認すると、一四時二分であった。一方、松井は、被告の前記指示もあって原告の帰駅を助役室で気を付けていたが、一四時三分ころ、原告が助役室から線路側に面した通路を改札室の方へ向け歩いているのを窓ガラス越しに認めたので、助役室の扉を開けて通路に出たところ、原告が無帽、制服姿で何も持たずに改札室に入っていくのを確認した。その後、被告が一四時二〇分ころに保線区から帰駅して助役室に入ったところ、松井が、被告に対し、『駅長、西村が一四時過ぎに帰り、私には何も言わず外の通路を通り改札室へ入りました。注意しておきましょうか。』と言ったものの、被告は、安立が外出許可をしているのか否かの確認が先であるとしてこれを止めた。翌一二月二九日九時二〇分ころ、被告は、駅長室での駅長点呼の席で、安立に対し昨日原告に外出許可を出したか否か質したところ、安立は、原告からはその申し出もなく許可もしていないこと、また、外出したことも知らない旨答えた。そこで、被告は、安立に対し、昨日原告が一三時ころから一四時ころまで自動車で無断外出しているのを自分が現認していること、原告はこの間の四本の列車の担務を欠務していること、したがって、原告を次の出勤日には厳正に注意すべきことを告げた。翌一二月三〇日一〇時ころ、安立は、改札室に行って原告と会い、原告に対し、『おととい一三時ころ自動車で出て行くのを駅長に見られたそうだが無断外出だったんですな。今迄もそういうことのないよう注意しているが、これからも無断で外出することはやめなさい。』と告げたところ、原告は、『わかりました』と答えた。」。

4  そこで次に、(証拠略)の右のような内容の信憑性について検討を進める。

(一) 先ず、原告が無断外出したとされる前記日時はいわゆる年末であって駅の業務も繁忙を極め、原告が欠務できるような状況ではなかったのではないかという問題があるが、乙一〇及び松井証言によると新見駅程度では右のような年末のころでも降車客は普段より若干多い程度であるうえ、原告の担当していた精算業務自体がもともと忙しい仕事ではないと認められるのであるから、この点は否定されるというべきである。

(二) 原告は、自己の諸種の予定等を記入する手帳の本件当日の欄が白紙であったから外出したはずはない旨供述する。しかし、誰しも不時の用事はあるものであり、また、手帳に記載しない用事もあるはずであって、右のような事柄だけで外出を否定するのは根拠が薄弱である。

(三) 松井証言及び原告の供述によると、原告が本件昇給発令を受けた直後の昭和五九年七月二七日に松井に無断外出の件について質したところ、松井は確とした答弁をしなかったことが認められるが、これとても、松井証言によれば、既に過去のこととて松井にも明確な記憶がなかったためと認められるのであって、これらをもって無断外出を否定するというのも説得力が弱い。

(四) 原告は、平成二年五月一七日施行の本人尋問において、無断外出していない記憶がある供述するが、原告は既に昭和六二年七月一日施行の本人尋問において当日の記憶がない旨供述しているところであって、時日の経過等をも考慮すれば到底原告の前記供述は措信できるものではない。なお、原告側人証の中にも原告の在勤を裏付ける証言をする者はいない。

(五) 更に、若し仮に原告が改札室で在勤していたにも拘らず無断外出した旨被告その他が共謀して前記のような虚偽の書類を作成したため原告が不利益取扱いを受けたとすれば、当然右は深刻に問題化する筈であって、その際、どのような形で原告が在勤していたことを証する証拠が顕れぬとも限らないのである。そして、被告その他は、その時には自己の進退問題にも関わる重大且つ深刻な立場に追込まれることとなるのであるが、このような危険を冒してまで虚偽の書類を作成しなければならない必要性は如何にも考え難い。

(六) こうしてみると、(証拠略)の信憑性を強いて否定しなければならない事情は認め難いというべきである。

むしろ、これらは、その内容において、前記当裁判所の判断第三項第1項記載の事実とはもとより、(証拠略)により認められる本件当時の列車運行状況や駅員の担務状況等の客観的事実関係とも矛盾なく符合する自然なものであり、かつ、分単位の仕事をする駅職員の作成した本書らしい精確さと臨場感の感じられるものであるうえ、本件無断外出があったとされる日時に近接して作成され、その意味で被告その他の記憶が鮮明な内に作成されたものと認められること、また、原告が前記のような組合役員歴等を有する者であることは当事者間に争いないところ、それゆえに被告その他において本件無断外出の成否について相当慎重に配慮調査したうえで作成されているものであると認められること、更に、前記検討のとおりこれら文書の信憑性に強いて疑問を差し挾まなければならない事情も認められないことからすれば、原告の本件無断外出を認定するに充分なものというべきである。

4  そして、右のとおり原告の本件無断外出が事実として認められる以上、新見駅長であった被告においてこれが昇給欠格事由に該当するとして上申したことは当然であって、何等不法行為を構成するものではないというべきである。

四  前記<2>の事由について検討する。

1  被告の主張第4項(二)(1)の内の原告が出火建物の借り受け人であったとする点を除く事柄並びに同(2)の内の出火建物が国鉄の後援会と称する団体の事務所で国鉄職員によって管理されていたことが近隣に知られていたものであること及び被告主張のように各新聞が報道したことは当事者間に争いがない。

2  証人小林仁人の証言及び原告の供述によれば、出火建物は原告と親しい者の所有で原告がその者に話をして借りられるようになったものであること、なお、その際前記後援会の代表者であるという小林は話に同席もしていないこと、借入当初に原告は近所に「若い者が出入りするので宜しく。」と挨拶回りをし、出火直後もお詫びの挨拶回りをしていること、なお、小林は右お詫びの挨拶回りにも行っていないことが認められる。そして、右認定によると、出火建物の貸借は原告とその所有者との個人的信頼関係に基づきなされたものというべく、更に、右のような原告の行動状況等にも鑑みると、やはり原告こそが出火建物の借り主であって、貸し主その他に対しても自己が借り主でないなどといってその責任を免れることのできる立場にはなかったというべきである。

3  ところで、凡そ人事管理を適正に行うとともに、企業秩序を維持し、且つ、企業に対する社会的評価を損なわないようにするためには、職場外でなされた職務遂行に関係のない企業構成員の所為であっても、その者の処遇評価の際にはこれを考慮の対象とすることが許される場合もあり得るというべきである。

しかして、本件当時、新見駅長であった被告としては、昇給欠格事由があると思料する部下職員についてはこれを上長者に対して報告する義務を有していたものであり(<証拠略>)、一方、(証拠略)及び被告の供述によると、被告は、前記のとおり争いのない失火に関する事実関係及び報道機関の報道状況並びに原告が出火建物の借り受け人であること等を間もなく知り、これらがなるほど国鉄の職務遂行には直接関わりのない事柄であるとしても、これが国鉄の企業イメージに関わる事柄として上長者への報告の対象になると考えたことが認められるところである。

このように前記<2>の事由はもとより事実無根でも何でもないのであり、また、その内容に鑑みると、前記のとおり上長者への報告義務を有する被告としてこれが報告をしその判断資料に供してもらう必要があると考えたのも無理からぬところがあるというべきである。原告においてこれが国鉄から不利益処分を受けるに足りるような事柄ではないと考えるのであれば、右のように認定処分をした認定権者の判断をこそ争うべきである。

したがって、被告が昇給欠格事由として前記<2>の事由も報告したことはその職責上充分首肯し得るところであって、何等違法な行為ではないというべきである。

五  以上検討の結果に鑑みると、原告の本訴請求中慰謝料請求に関しても、その余の点を考慮するまでもなく、理由なしとして排斥を免れないというべきである。

六  被告の反訴請求について検討する。

1  原告の本訴請求が全て排斥を免れないこと、右にみたとおりである。

2  しかし、訴えの提訴は、右のように提訴者の請求が棄却されるべき場合に当然に相手方に対する関係で違法行為となるというものではない。法治国家たる以上、国民の裁判を受ける権利は最大限尊重されなければならないものであるから、訴えの提訴が相手方に対する関係で違法行為となるのは、提訴者が当該訴訟において主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものであるうえ、同人がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にこのことを知り得たのに敢えて提起したなど、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合に限られるものと解される。けだし、訴えを提起する際に、提訴者において、自己の主張しようとする権利等の事実的、法律的根拠につき、高度の調査、検討が要請されるものと解するならば、裁判制度の自由な利用が著しく阻害される結果となり妥当でないからである(最高裁判所昭和六三年一月二六日第三小法廷判決民集四二巻一号一頁参照)。

3  しかして、松井証言及び原告の供述によれば、原告は本件一号俸減の昇給発令を受けた当時自身既に本件無断外出の有無につき記憶がなかったため、発令直後の昭和五九年七月二七日にはこれにつき当局者等関係者にその認識状況を問い質すなどしたが、原告としては必ずしも判然とせず、原告の無断外出を知らぬ旨述べる者もいたと窺われるところである。

また、(証拠略)の全趣旨によると、原告は同年八月三日にはいわゆる苦情処理申請をなし、その後二回に渡り苦情処理委員会がもたれたことが認められ、また、右委員会においては国労側が事前に原告の意向を充分確認しなかったためかその対応には混乱がみられたものの、その間原告自身としては無断外出を否認する気持ちであったと窺われるところでもある。

4  こうしてみると、右のような調査過程によっても本件無断外出につき納得のいかない思いを払拭し切れなかったと窺われる原告としては、これにより不利益処分を受けたことにつき上申者たる被告に何らか民事的な責任追及の方途はないものかと考えるに至ったとしてもあながち非難し難いところがあると言わざるを得ない。

してみると、原告の本訴請求はその構成その他において種々工夫の必要があるものであったとはいえ、なお、これが違法訴訟であるとする被告の反訴請求を認容すべきとする程のものであるとは言い難いところというべきである。

5  したがって、本件においては、被告の反訴請求もこれを棄却するのが相当である。

(裁判官 佐藤拓)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例